毎年ある人の年賀状に
ひとこと、言葉が添えてある。
今年の年賀状には
天下無敵ということが
周りが味方ばかりなんだってことに
50歳を過ぎてやっと気づけました。
と書いてあった。
深いな!
毎年頂くその人の年賀状を妻とその意味を話し合うのが
我が家の恒例行事となってる。
天下無敵
空の下、つまり、この世に敵がいない
ということなんだろう。
考えれば、凄い言葉だ。
実際には、あり得ない状況かもしれない。
おそらく、過去にも未来にも、誰一人、その状況に置かれた人はいないのじゃないだろうか?そんな気がしてくる。
そう考えると、滅多に遭遇する(耳にする)言葉ではないはず。
それなのに、割と、書物や日常の中でも、自然と耳にして来た。
これは、どういうことか?
究極の理想像として、そう有りたい。成りたい。の願い?
いやいや、
あの人は、天下無敵だよ!
って使うじゃない?
皮肉?
まぁいろんな使い方、意味も込められるんでしょうが、
ボクが辿り着いたひとつの暫定的な答え、それは
責任と孤独
だ。
もしも、ボクが天下無敵になったら
どうなんだろう?
みんな、味方だったらどうだろう?
ボクが右向いたら、みんなも右向くのかな?
そうなったら、快感なのかな?
でも、そんな状態が続いたら、飽きちゃうだろうな?
周りが無責任に見えちゃうかな?
そうしたら、みんなが、嫌いになっちゃうかな?
ってことは、みんなを敵に回しちゃうな?
あれ?
無敵じゃなくなるな?
おかしいな?
やっぱり、ボクが右向く事ひとつ取っても
ちゃんと考えて行動しないと、いけないんだろうな。
安易に、気を抜いちゃいけないんだな。
責任だな。
それって、思いっきりしんどい状況だよな。
ボクが、気を抜いちゃったら、誰か叱ってくれるのかな?
もしも、居なかったら、ジブンでジブンを叱らないといけないな。
孤独だな。
でも
みんなの心からの笑顔を見れたら、そんな辛さも吹っ飛んじゃうかな?
そうしたら、ボクの心も楽しいかな。
でも、それって、思いっきり
ハイリスク&ハイリターンだよな
B'zの歌に
「敵がいなけりゃ」
って歌がある。
敵を攻撃してるジブンがカッコいいんでしょ?
そこに、みんなしびれてるんでしょ?
みたいな歌だ。
だが、こう続く
でもね。敵がいなけりゃ 始まらないんだよ
手も足も出ないミミズと一緒だよ
そうなったら、みんなボクから離れて、飯の食い上げだぁ!
まぁこういった内容の歌なんだけど。
すごい皮肉ってる歌と解釈してる。
敵がいないのは理想かもしれない
でも敵がいなかったら、大将の存在価値を継続するのは困難だ。
戦国時代、みんな、天下を目指した。
敵に向かって行った。
そして、江戸時代、世界の歴史を見渡しても、他に類を見ない程の
平穏な世界が250年も続く日常を作り上げた。
しかし、武士の存在価値は、どうなった?
用心棒くらいしか仕事がないじゃないか。
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先日、数年振りに、その年賀状を頂いた方とお会いする機会があった。
そのことを、話すと、こう言われた。
「くろひじさん。そりゃぁ・・・深読みし過ぎ^^
ボクは、クラゲのように、ふわふわ・・・ってフェードアウトしたいだけです」
その言葉を聞いて、またまた混乱してきた。
妻とまたその事で議論になった。
まだ、答えは出てません。
